2026.03.27 曼荼羅とコトタマ

~  在り方が和をひらく

 

今日は、
曼荼羅とコトタマについて
少し書いてみたいと思います。

曼荼羅のあの美しい絵は、

左脳で
ひとつひとつを分析する前に、
まず右脳で
全体を受け取るもの。

理屈で理解する前に、
感覚で
「何か」を受け取るもの。

佐藤は、
そう感じています。

これ、
コトタマも同じなんですね。

コトタマも、
「この音はこういう意味です」
と定義だけで
捉えきれるものではありません。

もちろん
理論として整理することは大切です。
でも、それだけでは
届かないものがある。

その音の奥にある
気配。 響き。
通っているもの。

そこを受け取るのは、
左脳だけではなく
右脳のはたらきです。

だからこそ、
古事記もまた
理論書の形ではなく、
物語として残されたのだと
佐藤は思っています。

オの次元(左脳)
なるほど、と分かること。
アの次元(右脳)
なぜか響く、と感じること。

そしてそれが
 エの次元で(右脳と左脳)
暮らしの中に通っていくこと。

ここまでいって
はじめて
教えは生きはじめる。

曼荼羅も、
コトタマも、
本当はそこに
着地するものなのだと思います。

今は、
何でも言葉で説明し、
定義し、分類する時代です。

それはそれで
必要なことです。
けれど、
それだけでは
こぼれてしまうものがあります。

曼荼羅を見て
なぜか整う感覚。
誰かの言葉の意味以上に、
その奥から
何かが通ってくる感覚。

そこには、
左脳だけでは届かない世界があります。

右脳で受け取り、
左脳で整理し、
そして暮らしの中で生きる。

その流れを
取り戻していくこと。

そこに、
曼荼羅とコトタマの
大きな共通点があるのだと
佐藤は感じています。

理で分けるためではなく、
在り方で和するために。

曼荼羅も、
コトタマも、
私たちを
そこへ戻してくれるもの
なのかもしれません。

【今週のエの実践】
今日は、目の前の景色や人の声を、
すぐ意味で捉えずに
まず「どう響いているか」を
感じてみてください。

左脳で答えを出す前に、
右脳で受け取ってみる。

そのとき、
静かな調和が
ふっと立ち上がることがあります。

そこが、
曼荼羅の入口であり、
コトタマが通りはじめる入口なのだと
佐藤は感じています。

 

理を越え
響きのうちに 曼荼羅あり

和するとは
在り方ひとつ 通すこと

 

※音声はこちらより

https://youtu.be/fuPSqq9itu8

 

縄文の響きを、いまへ

コトタマで魂を導く案内人
佐藤智江より

 

 

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