2026.02.20 通らないとき、そこに立っている神

通らないとき、そこに立っている神

いまの富士登山は

富士山五合目から
歩き始めるのが一般的ですが、

その昔は当然、
下から歩くしかありませんでした。

とはいえ、

馬で行けるところまでは馬で進み、
「ここから先は無理」という地点がありました。

そこを

「馬返し(うまがえし)」

と呼びます。

そこから先は、自分の足で登るしかない。


 

今日はその「馬返し」ならぬ、

『道反し(ちがえし)の大神』

のお話です。


 

古事記・神代の巻には
百の神様が登場し、

「古事記百神」などと言われます。

ところが——

その百に数えられない神様も
数多く登場するのです。


 

現代でいう

 <心の扉>

と呼ばれるもの。

古事記では、こう記されています。

【黄泉の坂に塞れる石は、
道反しの大神ともいい、
塞えます黄泉戸の大神ともいふ】

高天原と黄泉の国の境に、
大きな石があり、

その石が境を塞いでいる。

その名を、

・道反しの大神
・黄泉戸の大神

と呼ぶのです。


 

太安万侶さんは、

本当に重要なところでは
同じ存在にいくつもの名を重ねます。

つまり——

「ここを読み落とすな」

という暗号。

百神には入っていませんが、
物語の核心に立つ存在なのです。


 

大きな石に塞がれ、
それ以上進めない。

道を“反される”。

黄泉の扉が
静かに立ちはだかる。

これは、

私たちの内側にもある風景です。


 

そして、ここからが大切。

「通らない」と感じるとき。

何度やっても進まないとき。

それは失敗ではなく、

道反しの大神の前に立っている
ということかもしれません。

通らないのではなく、

いま、
境に立っている。

越え方を知らないだけ。


 

古事記は、

潜在意識の構造を
物語として描いています。

だからこそ、

古事記をコトタマで読み解くと
 「心理学中の心理学」と言われるのです。


 

では、

どうすれば
その扉を越えられるのか。

理論ではなく、

体で。
在り方で。
通していく。

それを実践するのが、

古事記 禊祓い コトタマ実践講座です。

 

通らぬは 閉ざされたるにあらず  

いま 境に立つのみ

 

縄文の響きを、いまへ
コトタマで魂を導く案内人
佐藤智江 

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暗号化された 古事記(神話)を解読し
  本当の自分が分かる 

【古事記の言霊 禊祓い実践講座

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